港区へ! ~東京タワー 前編~

ラミッツ
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2021年9月1日

増上寺と芝公園と東京タワー

1598年、江戸幕府が開く前、徳川家康が増上寺を、麹町から現在の場所に移しました。理由は江戸城の拡大によるものといわれてます。

1873年、明治6年 公園制定の太政官令によって、増上寺の境内の敷地に芝公園を開園しました。同時に上野恩賜公園も開園し、共に日本最古の公園であり、2021年現在まで148年間続いています。芝公園開園と伴い、芝公園を25区画に振り分け、住所に「芝公園」が使われるようになります。現在の住所に 「芝公園」 が使われている所は、もともと芝公園であったということになります。東京タワーの住所にも 「芝公園」 が入っています。当時の増上寺は広かったことがわかります。付近の芝大門や大門という地名は、増上寺の門があったことが由来です。

1878年、明治11年 住所 東京府芝区芝公園地 芝区が成立

1889年、明治22年 住所 東京市芝区芝公園地 東京市が成立

1890年、明治23年 増上寺の五重塔が、芝公園へ移管

1899年、明治32年 住所 東京市芝区芝公園

1929年、昭和4年 芝区役所が、現在の港区役所の場所に移転

1945年、昭和20年 戦災により五重塔など大半が焼失

1947年、昭和22年 住所 東京都港区芝公園
芝区と赤坂区と麻布区が合併して港区が成立して、現在の住所に近いものとなります。
政教分離の政策のため、増上寺と芝公園を分離して、芝公園は遊具や運動施設など、整備されました。現在のように、芝公園の中に増上寺があるような配置になりました。

1957年、昭和32年 東京タワーの建設開始。
上野公園付近にも候補が挙げられたようですが、放送局の位置関係や、高台にあること、地盤の強さによって、現在の芝公園の隣に決まったようです。
当時の世界一の電波塔を目指して、フランスのエッフェル塔を越えるものを設計しました。

1958年、昭和33年 東京タワーが完成。
展望台がある333mの電波塔に、当時はオレンジ色と白を交互に配した塗装でした。この年から約51年間、日本一高い自立式鉄塔であり、一般公開されました。

1959年、昭和34年 現在のNHK、テレビ朝日、フジテレビが放送開始されました。東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県など、半径100㎞圏内が対象地域でした。

大雑把ですが、増上寺の移設から芝公園の開園、東京タワーの完成までの歴史でした。次回は続きの歴史や、東京タワーから見た景色を紹介していきたいと思います。

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