文京区へ! ~小石川後楽園~

ラミッツ
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水戸黄門の楽園、小石川後楽園

昨年末の東京観光シリーズ、まだまだございます。東京は、江戸時代か戦後まで、大火や大地震、戦争などにより、多くの建造物や文化財が被害を受けました。しかし、多くの災害があったのにもかかわらず、江戸時代から残ったものがあります。その中の一つが小石川後楽園です。

江戸時代初期に、水戸徳川家の初代の徳川頼房、二代で水戸黄門で知られる徳川光圀が、二代に渡って造られました。
なぜ、水戸の藩主が江戸に庭園を造ったのか、それは江戸幕府ならではの理由があります。

江戸幕府には参勤交代という有名な制度があり、江戸にいる将軍と、各地域(藩)にいる大名の主従関係を確認するため、各藩の大名は年に一度、江戸に行かなければなりません。参勤交代で来た各藩の大名たちが江戸にいる間の滞在のため、幕府(将軍)は各藩の大名に屋敷を建てる土地を与えました。
その土地の中での憩いの場、観賞のために庭園を造られたようです。
ちなみに、前に紹介した新宿御苑も含まれていて、信濃高遠藩(長野県伊那市)の内藤家の屋敷がありました。

江戸幕府当時の水戸藩の屋敷は、現在の小石川後楽園と東京ドームを合わせた広大な敷地であったといわれています。庭園部分のみ現在まで残っています。

紅葉と小廬山

後楽園という名前は、中国の范仲淹の「岳陽楼記」の「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から付けられました。後楽園は、日本庭園の中に中国の風物も取り入れています。上の写真の小廬山は、中国の景勝地の廬山に似ています。

大泉水
蓬莱島

庭園の中央に大きな池があり、こちらは琵琶湖を見立てて造られたそうです。蓬莱島や竹生島をイメージした島があります。周りに自然がありますが、奥の高層ビルが見えると、都会の中心にいることに気づかされました。

円月橋

大泉水より北側の茂みの奥に特徴的な石橋があります。
この写真では水面に映るように撮れませんでしたが、映ると満月のように見えることから円月橋と呼ばれ、中国(明)の儒学者である朱舜水が設計した石橋です。

撮影時期が冬であり紅葉の終わりの時期でしたが、春には梅が咲く梅園や、椿や桜、夏になるとスイレンやアジサイが咲き、秋はもちろん紅葉とヒガンバナが咲くので、違う時期に来て楽しみたいです。また、庭園の中に田んぼがあり、地域の小学生が田植えや稲刈りを行い、伝統行事を継いでいる風景が見れるので、この状況が落ち着いたら是非、行って見てください!

ラミッツ
秋葉原駅 北側

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