
文京区へ! ~東京ドーム~

東京ドーム、小石川後楽園の歴史
前回の小石川後楽園の隣にある東京ドーム、小石川後楽園の庭園から大きい卵のような建造物が見えます。今回は大きい卵のような建造物、東京ドームについて触れてきます。

上の写真は、小石川後楽園の東側にある内庭から撮影したものです。内庭とは、もともと水戸藩の書院があったところで、唐門で仕切られていました。
現在、小石川後楽園は古風な塀に囲まれていますが、塀の向こうには東京ドームがあります。
前回、江戸時代の小石川後楽園は東京ドームまで広さがあったと書きました。恐らく、東京ドームの敷地には屋敷の建物があったものだと思われます。
江戸時代が終わると、小石川後楽園の環境が変化していきます。

江戸時代が終わり、明治時代になると、版籍奉還といって藩が所有していた土地が明治政府のものになります。小石川後楽園も水戸藩が所有していた土地であったので、明治政府、国の土地になりました。
明治時代は西洋の文化を取り入れて、日本が大きく変わりました。産業と軍事力です。国を挙げて産業と軍事力を強化する時代になりました。国の所有地になった小石川後楽園は、西側の庭園を残し、東側には陸軍の工場を建てることになりました。主に小銃や銃の修理、大砲の修理を行っていました。陸軍の武器を作っている傍らで、庭園の方は国の史跡、名勝に指定されました。
しかし、1923年9月1日に襲ってきた、関東大震災により被害を受けました。復旧に多くの費用が掛かることや、工場の集約により、小石川での再稼働はされませんでした。
1936年、この年に日本の職業野球(現在のプロ野球リーグ)が発足しました。その時に工場跡地は、三井グループの子会社である株式会社後楽園スタヂアム(現在の株式会社東京ドーム)が所有することになり、後楽園球場が完成しました。後楽園球場は職業野球で使用されるようになりました。
戦争が終わり、戦後復興の一助で1947年に球場の横に競輪場が完成したものの、1973年に廃止。
1955年 後楽園ゆうえんちが完成。
1962年 後楽園ホールビルが完成。
1973年 現在の黄色いビルが完成、1977年に別館が完成。
1987年 全天候に対応する東京ドーム建設のため、後楽園球場を廃止。
1988年 東京ドームが完成。競輪場の跡地利用。
2000年 東京ドームホテルが完成。
2003年 ラクーア(温泉)開業。
東京ドームは野球だけでなく、コンサート会場、自転車競技、格闘技、アメリカンフットボールなど、全天候型多目的スタジアムとして、幅広く使用されています。

現在は、東京ドーム、東京ドームシティアトラクションズ(東京ドームゆうえんち)、ラクーア、ミーツポート、プリズムホール、東京ドームホテル、後楽園ホールビル、黄色いビルがあり、その内に数多くの施設があります。
アミューズメントパークと歴史ある庭園、アンバランスな印象ですが、人をもてなす空間としては共通していると思います。明治政府による残された庭園と発展した土地、東京には他にもこういったところがまだまだたくさんあります。東京は不思議な所であり面白い所です。状況が落ち着いたら、また行きたいと思います!!

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