台東区へ! ~浅草寺~

ラミッツ
ラミッツ
2022年7月29日

隅田川が生んだ⁉東京最古のお寺

東京観光では欠かせない浅草寺、自分は昨年の秋に行ってきました。人が少ない時間帯を狙い、夜の浅草寺を撮影しに行きました。慣れていない夜景の写真が見づらいかと思いますので、ご了承ください。

撮影時は夜9時で、毎日夜11時までライトアップされています。元々大きい建造物であり、ライトアップによって迫力と美しさが増しています。
江戸幕府が開かれてから400年経った2003年に、「輝く21世紀の浅草」をスローガンとして夜間のライトアップが始まりました。ライトアップによる美しさと浅草寺の文化を含めて、日本夜景遺産に選ばれています。

歴史

浅草寺の歴史は古く、東京最古の寺院と言われています。
国分寺が建てられる前の628年、地元の漁師である檜前浜成・竹成兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていると、網に像が引っかかってしまいました。その後、像を川に戻しても再び網にかかってしまいます。繰り返し何度も起きてしまうので像を持ち帰り、郷司(土地の長)土師中知(名前には諸説あり)に見てもらうと、像の正体は観音像であったことが判明しました。
漁師の兄弟は、毎日観音像に祈願するようになり、土師中知は僧になって自宅を寺院に、後に浅草寺となりました。

現在も浅草寺で行われている三社祭の三社は、檜前浜成・竹成兄弟と土師中知の三人を神として祀られ「三社様」と呼ばれるようになったから、三社祭と呼ぶようになりました。

645年、勝海上人が浅草寺に観音堂を建立し、夢告(夢での神仏からの意思または指示)により本尊を秘仏とされていて、当時から現在まで本尊を見た人はいません。

平安時代の初期にあたる857年、延暦寺の僧である慈覚大師円仁が来寺し、お前立ちの観音像(秘仏の代わりに拝むための像)を謹刻されました。
次第に浅草寺へ参拝にいく人々が増え、信仰の地として有名になりました。

本堂

観音堂とも呼ばれ、本尊、お前立ちや徳川家康、徳川家光がそれぞれ奉納した観音像も安置されています。現在の建物は1958年に再建されたもので、先代の建物は東京大空襲によって焼失しました。2009年から2010年にかけて平成本堂大宮繕が行われました。

五重塔

942年に初代が建てられたのですが、三重塔だったようです。何度か焼失し、1648年に五重塔が建てられました。本堂と五重塔は関東大震災では倒壊しなかったのですが、東京大空襲によって焼失し、現在は1973年に再建されたものです。本堂の西側にあります。

二天門

本堂の東側にあり、東に向いています。1618年に建てられたのですが、第二次世界大戦後は焼け残り、本堂や五重塔と比べると被害は少なかったようです。2010年に改修され、鮮やか門構えになりました。

仲見世

本堂の南側にあり、雷門と宝蔵門の間にある浅草寺境内にある商店街です。1685年発祥であり、日本一古い商店街となっています。関東大震災によって被災され、1925年に鉄筋コンクリート造で再建されました。

宝蔵門

仲見世と本堂の間にある二階建ての門です。左右の金剛力士像が大きくて迫力あります。1964年に実業家の寄進によって再建されました。

雷門

浅草寺の表参道の入り口である、雷門です。有名であり、夜間でも多くの参拝客、観光客が見に来ています。
941年に建てられ、右に風神、左に雷神、正式名称は風雷神門ですが、雷門として紹介されています。名前の通り、浅草寺を雷や風から守り、五穀豊穣を祈願して建てられました。
何度も火災によって焼失し再建したのですが、1866年から現在の1960年まで約95年間は建てられず、仮設のものがあったと言われています。
現在の雷門は、Panasonic(松下電器産業)の創始者の松下幸之助氏の寄進によって再建されました。
シンボルである大きな提灯は、悪天候と三社祭の御神輿通過以外は畳まれません。

以上で浅草寺を簡単に紹介しました。初詣や三社祭など、行事の度に人があふれる様子をメディアでよく見かけますが、夜間のライトアップ時は落ち着いて散策できるので個人的にオススメです。猛暑対策にもいいですね。ただ、遠方の方は宿泊前提で予定を組んだ方がいいでしょう。
是非行ってみてください‼

ラミッツ
秋葉原駅 北側

コメントする