
国分寺市へ! ~武蔵国分寺 お鷹の道~

国分寺散策 後編
前編では武蔵国分寺跡を紹介したのですが、今回は現存している武蔵国分寺とお鷹の道・真姿の池湧水群を紹介します。
武蔵国分寺

武蔵国分寺跡の北側に、現存している武蔵国分寺があります。お寺に続く小道に入ると、上の写真の大きな門が見えてきます。2階建ての家よりも大きいこの門が、国分寺 楼門といい武蔵国分寺の入り口の門となっています。
楼門は、明治28年の1895年に東久留米市の米津寺から移築されたもので、江戸時代の建築様式となっています。
分倍河原の戦いで焼失した武蔵国分寺ですが、現在の武蔵国分寺はその後の南北朝時代の1335年に、元の金堂跡に薬師堂が再建されました。
それから江戸時代まで国分寺は衰退していったのですが、江戸時代の1725年に本堂、1756年に薬師堂が再建されました。1985年に本堂が改築されたものの、場所や姿を変えず現在に至っています。

奈良時代から場所を変えなかった理由としては、立地が良かったことがあげられます。
まずは、同じ武蔵国の国府や総社(現在の府中市大國魂神社)が近く、実際に南に約3.5kmの所にあります。あとは西南に富士山が見えたことや、北東には武蔵野台地よって生まれた緑や湧水があることから、国分寺の創建にふさわしい好処(四神相応)と避定されたからと云われています。
お鷹の道 真姿の池湧水群
お鷹の道

国分寺の立地の条件の中で、武蔵野台地による自然や湧水がありました。これが今回紹介するスポットとなります。国分寺の正面から東に伸びる小道がお鷹の道になります。
お鷹の道は、江戸時代の1748年に徳川御三家の尾張藩がこの辺りを鷹狩の狩場にしていました。真姿の池から流れる清流に沿った小道を整備したことから、お鷹の道と呼ぶようになりました。
ご覧のように小道であることから、歩行者のみの通行となっています。日本庭園の中を歩くような雰囲気でありながらも、地域の人々も利用する生活道路にもなっています。秋に撮影した写真であり、沿道を彩るモミジが紅くきれいでした。
真姿の池湧水群

お鷹の道の先にある真姿の池は古くからの伝説があります。平安時代に遡り、848年に絶世の美女といわれた玉造小町が病気に苦しんでいました。治ることを祈るため、武蔵国分寺で願をかけました。すると、「池で身を清めよ」と霊示を受けたら快癒した言い伝えがあります。その池が、この真姿の池です。池の周りには神社があり、弁財天が祀られています。


伝説の舞台である真姿の池の湧水群は、国分寺崖線の付け根にあります。崖の上は武蔵野台地であり、台地の上に通る玉川上水や雨水が台地に浸透します。台地の地層にはローム層、礫層が重なっていて、長い時間をかけて地層を通り、崖下のこの場所に水が湧いて真姿の池となって地表に出てきます。台地上の都市開発によって年々湧水量が減少しているようですが、真姿の池の優良な水質と環境が評価され、名水百選に選ばれました。
真姿の池の湧水群の水は、国分寺市内に流れる野川に合流し、世田谷区二子玉川付近で多摩川へ流れていきます。
まとめ
国分寺周辺には見所がたくさん集まっていて、全て歩いて行ける距離にあります。今回の自分のルートは、西国分寺駅から国分寺公園に入り、真姿の池湧水群を見て、お鷹の道を通って武蔵国分寺、武蔵国分寺跡を見てきました。ここまでの移動時間だけで20分くらいで済みました。
帰りは国分寺駅まで歩きました。武蔵国分寺跡から国分寺駅と西国分寺駅はそんなに距離が変わらず、徒歩20分圏内です。
書き忘れてしまいましたが、国分寺の境内に万葉植物園があり、万葉集に出てくる植物が集まっています。こちらもおすすめです。
今回は秋に訪ねたのですが、この時期のお鷹の道の沿道にはカラフルな花々が咲くので、是非行ってみてください!
