
国分寺市へ! ~武蔵国分寺跡~

国分寺散策 前編
JR中央本線とJR武蔵野線が交わる西国分寺駅から南東方向へ徒歩15分の所にある、武蔵国分寺へ行ってきました。自治体の名前は、国分寺があるから国分寺市という名前になっています。
国分寺とは

そもそも国分寺とは、奈良時代の741年に全国各地に置かれた寺院のことをいいます。当時の天皇である聖武天皇が、国家を仏教の力によって守護、安定させる思想のため、各地(各国)に建立させました。
たくさんある国分寺の中で、国分僧寺と国分尼寺と分類されています。国分僧寺が男性(僧)がいる寺、国分尼寺が女性(尼僧)がいる寺となっていて、それぞれの正式名称が、金光明四天王護国之寺、法華滅罪之寺となっています。
全国各地にある国分僧寺のトップが、奈良の大仏がある東大寺であり、国分尼寺のトップが奈良市にある法華寺になります。
今回訪れた武蔵国分寺とは、武蔵の国(現在の埼玉県と東京都と神奈川県の東部)にある国分寺となり、国分僧寺の方へ行ってきました。国分尼寺は少し離れていて、国分僧寺からJR武蔵野線を跨いで西側にありますが、国分尼寺の方へは行ってません。
現在は、国分寺と国分寺跡の両方が存在してます。前編では国分寺跡の紹介をします。
武蔵国分寺跡

国分寺跡は奈良時代に建てられた国分僧寺の跡です。全国の国分寺の中でも規模が大きい方だと言われています。鎌倉時代に起きた分倍河原の戦いによって消失したのですが、後に再建されたのが現在の国分寺となります。国分僧寺跡は、現在も発掘調査を行っています。
上の写真の石碑の奥にある石段になっている所は、金堂跡であり大きな建物があった場所でした。
金堂の他にも、講堂、北院、西院、七重塔などがあり、いずれも1922年に国の史跡に指定されました。

現在の武蔵国分寺などは、次回の後編で紹介していきたいと思います。

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