千代田区へ! ~丸の内 東京駅~

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日本の首都 東京の玄関口

東京都千代田区にある丸の内、丸の内と聞けば赤レンガの駅舎である東京駅があり、東京駅を囲うように高層ビルが並ぶオフィス街です。
東側に東京駅を通る線路があり、南側には地下鉄有楽町線、北側と西側に国道一号線が境界になっています。新幹線や在来線の発着駅である東京駅の面積は広く、線路の敷地を含めると、約1㎢の丸ノ内の約半分を占めます。

東京駅 丸ノ内駅舎正面

今では日本の玄関口がある東京駅を含む丸の内ですが、江戸時代になる前は日比谷入江と呼ばれる海でした。丸の内の南側の日比谷公園や有楽町も海でした。徳川家康による土地開発により埋め立てて、江戸時代の間は屋敷や奉行所がありました。西側にある江戸城(現在は皇居)があり、丸の内は武士だらけの街でした。
明治時代になると、武士が陸軍に変わり、屋敷や奉行所は取り壊されて兵舎や演習場となりました。やがて、陸軍は移転されて更地になりました。ここまでは日比谷公園と同じような歴史だと思います。

更地となった丸の内は、三菱の二代目当主の岩崎弥之助が土地を買い、1894年、明治27年に最初の三菱一号館を建てました。現在は三菱一号館美術館として、明治時代の煉瓦造りを継承したデザインの美術館が2009年から開業しました。
一号館だけでなく、次々と三菱関連の事業のビルが完成し、現在も三菱グループの本社が丸の内に集中しています。一号館と同じ年に、丸ノ内に東京府庁が建てられ、現在は東京国際フォーラムとなっています。
1911年、明治44年に帝国劇場が完成し、3年後の1914年、大正3年に赤レンガ駅舎の東京駅が開業しました。
1923年、大正12年に初代の丸の内ビルディングが完成しました。
こうして明治時代からオフィス街が形成されてきました。

丸ビルから見た東京駅

東京駅が建てられる前、新橋と横浜間の国鉄の新橋駅(現在の汐留駅)と、日本初の私鉄である日本鉄道のターミナル駅の上野駅、新橋駅と上野駅を結ぶ路線をつなぎ、皇居の正面である立地に東京駅が建てられました。
駅舎やオフィス街はレンガ造りが建ち並ぶ街は、ロンドンやニューヨークを連想させる街並みで、世界の中の東京は、玄関口の東京駅から発展していきました。

しかし、関東大震災や第二次世界大戦により、丸の内も被害を受けました。
戦後は街の活気は戻りました。建物は復旧工事や修復など行われてきましたが、老朽化は進む一方でした。
1960年から1970年代の高度経済成長期のオフィス街は、煉瓦調の建物から高層ビルへと変わって行きました。
1990年から2000年代、平成に入ると、さらに再開発が行われるようになりました。
まずは1997年、東京都庁移転による跡地に東京国際フォーラムが完成しました。
2002年、建て替えによる丸ビルが完成しました。高層ビルであり、下層は先代の面影を残した建物になりました。2004年には丸の内オアゾと明治安田生命ビル、2009年には三菱一号館美術館が開業しました。
2012年は東京駅の丸ノ内駅舎の復元工事が完成しました。
平成の丸の内再開発は、古き良きデザインに新しさが加わる建物が多く見られるようになりました。

2013年 東京駅 丸ノ内駅舎のライトアップ

日本の首都である東京の玄関口、丸の内の街並みは古き良きものを残しつつ最先端の技術を取り込む、日本らしい進化をしている街だと思います。平成百景に選ばれた丸の内の街並みは、日本だけでなく、世界が注目する街並みと言っても過言ではと思います。

写真は東京駅丸ノ内駅舎ばかりで申し訳ないのですが、秋には行幸通りのイチョウ並木がおすすめなので、是非行って見てください‼

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東京駅 新橋駅 周辺

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