千代田区へ! ~秋葉原~

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秋葉原が世界的に有名な街になったのは、いつからでしょうか?

先月、東京の観光の際に久しぶりに行ってきました。二度目の秋葉原となりました。初めての秋葉原は10年以上前のこと、友人たちと一緒に歩行者天国を歩きました。この頃から既に秋葉原は、外国人観光客を多く見かけました。通り沿いのお店には免税と書かれた看板も多かったのも思い出しました。コロナ禍による緊急事態宣言解除後の先月は、外国人観光客は10年前と比べると少なくなったと思いますが、それでも良く見かけました。

秋葉原といえば、アニメ、ゲームなどのサブカルチャーが世界的にも注目される存在ですが、カラフルでアイドルやキャラクターなどが描かれているポップな看板やビルが建ち並ぶ風景は、秋葉原独自のものと言えるでしょう。平成百景に選ばれるほど現代的な風景として、この景色を見に行くために秋葉原へ訪問する観光客も少なくないと思います。
せっかくの景色を上手く撮れなくて申し訳ありません。

秋葉原の名の由来

上の写真は、秋葉原に架かる万世橋から神田川を撮影しました。皇居(江戸城)の北部に流れるかわです。
遡って江戸時代に、江戸城の整備によって、現在の流路となりました。川沿いに材木商が集まり、街が形成されました。
しかし、大火が度々起きてしまい、火除地(防火用の空き地)を秋葉原辺りに造ることになりました。
明治時代に入り、火除地に鎮火三神を勧請し鎮火社を創建しますが、火防の神と知られていた秋葉権現は祀られてないことを知らず、江戸の街から鎮火社を秋葉様などと呼ばれるようになってしまいました。その誤解から秋葉様と火除地の原と合わせて秋葉原の名がつきました。
因みに鎮火社は、鉄道建設に伴い移転して、上野駅の近くにある秋葉神社となって現在まで引き継いでいます。

電気街の誕生

戦後直後、電気工業専門学校(現 東京工業大学)の学生が、アルバイトでラジオの組立販売を秋葉原で始めたことが有名となりました。そのラジオの部品の商売が次々と集まり、露店商が形成されますが、道路の拡張整備で立ち退きされ、電車のガード下の土地に集中するようになりました。部品の品ぞろえや安さが評判となり、日本で一番有名な電気街となりました。また、多くの鉄道が周辺で交差し乗り入れができることから、アクセスの良さで集客できたことも有名になった要因のようです。

衰退から好転へ

郊外に家電量販店が次々と造られ、秋葉原から購買客が離れていきました。その頃には経済バブルが崩壊し、家電市場も縮小していきました。
90年代はパソコンが誕生し、秋葉原ではパソコンや周辺部品専門の販売店がオープンし、秋葉原に行かなければ手に入らない物が多く売られるようになり、再び盛況していきました。
00年代になると、秋葉原はアニメや映画の舞台に多く使用され、そのグッズを販売する専門店が秋葉原に誕生し、競い合うかのように次々とお店が並ぶようになりました。
さらに、みんなが知っている秋葉原を中心として活動するアイドルグループが誕生し、ファン、オタクと呼ばれる人たちの聖地のような存在となり、インターネット、SNSの普及により世界からも秋葉原が注目されるようになり、世界中から観光客が来るようになりました。

これからの秋葉原

秋葉原駅周辺は再開発により、高層ビルが建てられ、オフィスの街になっています。鉄道の高架が交差する秋葉原駅があり、上の写真とは秋葉原駅を越えて反対側に再開発された地域になります。
秋葉原はアクセスが良く、秋葉原駅にはたくさんの乗り入れ路線があります。

  • JR総武線
  • JR山手線&京浜東北線
  • 東京メトロ日比谷線
  • つくばエクスプレス

さらに秋葉原駅から徒歩二分で都営地下鉄新宿線の岩本町駅があるので、秋葉原駅と岩本町駅を合わせると、かなり良い立地の良さだと思います。秋葉原のサブカルチャーを活かし、秋葉原を拠点とする企業も増えてくるでしょう。

古き良き電気街、アイドルやアニメの聖地、風景や賑わいを楽しむ観光の街、ビジネス街と様々な機能を持つ秋葉原は、どんなことがあっても立ち直れる、強く勢いのある街だと思います。東京に着いたら秋葉原駅で降りて、散策、ショッピング、カフェなど楽しんでみてはいかがでしょうか?
良い思い出に残ると思うので、是非行って見てください!

ラミッツ
秋葉原駅 北側

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